市川、妙典の歯科医院、めぐりデンタルクリニックの梶原です。
本日は、守破離について考えてみようと思います。
有名な言葉ですので、私より皆様の方がご存じなのではないでしょうか?私は、昔の歯科の師匠から習いました。浄瑠璃の世界で有名と聞きましたが、茶道・武道など多分野で使われる言葉のようです。
守は、いいつけ・決まった型の通りにやること。仕事で言うと、下積みでしょうか。
破は、型を改良・改善すること。仕事で言うと、複数の大きな案件を任せられる時期というところでしょう。
離は、型から離れ、自分なりの新しい分野を創造できること。仕事で言うと、創業にあたると思われます。
ここで「なぜ型が必要か」という事を考えてみる必要があると思います。型とは決まったもの・こと。ルールのようなものです。型どおりにやる、ということは、まさにカタ苦しいと思う事も(´・_・`)
しかし、逆に型がなければ、万人が何かをやろうとすると、それぞれが好き勝手にやってしまう。例えば、盆踊り。盆踊りはこういうもの、というある程度の型があるからこそ盆踊りになるのであって、単に盆に踊るというだけならば、サンバを踊る人もいれば、フラダンスをしたり、一人で踊る人もいれば、二人組、全体でといろいろなやり方が出てくるでしょう。本筋から離れた人があまり出ないようにするためには、型というのは有効な手段なのだと思います。だから、まずは型というものをしっかりと抑える必要がある。
ここで難しいのは、どこまでいったら守の段階が終わるのか、ということ。ちょっとやっただけでは終わりません。ある程度その業界にいて、見識があり、客観的に判断できる人物から認められて初めて守が終わると言えます。しかし、人間早く次の段階に行きたいもの。経験はないでしょうか。「お前にはまだ早い」と言われたが、その言葉を無視して次の段階のことに取り組んだことが。
ここが世の中の難しいところで、自分がしっかり判断をできるならば、その行動はありだと思います。もしくは、自分のことを判断してくれる人物が、実は判断していいレベルの人間ではなかったときも、その行動はありです。ですが、そのレベルまで到達するには相当の苦労と相応の経験が必要。やはり最初はしっかり見てくれる師匠を探すべきだと思います。
型がなくては、型を破ることはできません。型が存在するのは理由があります。型がある理由より、他のメリットが大きいとき、その型は破ればいいわけです。それには、型を知り尽くさなければなりません。
昨今、「自分らしく」「自分なりに」といった言葉で、この型をめちゃくちゃにして行動する人が増えてきています。型があるのにそれを無視し、自分だけに都合の良い行動をとるならば、それはただの自分勝手・わがままに過ぎません。私自身も気づかずのうちに、型をめちゃくちゃにしている場面があると思うので、この記事をきっかけとして、今一度自分を見つめなおしていこうと思います。